公益財団法人 膳所焼美術館

復興された膳所焼の全時代を伝える
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 膳所焼は江戸初期に起こった膳所藩のお庭焼で、藩主菅沼定芳の時代(在任1621-1634年)に焼かれ始め、菅沼氏の後の藩主、石川忠総の時代(1634-1650年)に全盛期を迎えた。 作品は専ら大名間の贈答用に用いる茶道具で、菅沼氏、石川氏と親交のあった大名茶人、小堀遠州(1579-1647年)の指導を受け、茶人の間では「遠州七窯」の一つとして愛された。 薄作りで黒みを帯びた鉄釉に特徴があり、遠州好みの「きれいさび」と言われる上品なつくりで、特に茶入、水指が名高い。

 藩による焼物が始まる以前にも、この地方には既に桃山時代の末期より「勢多焼」と呼ばれる民窯が存在し、大江や国分の窯の名が知られていた。
 藩による膳所焼はその後、茶人の嗜好の変化や、財政事情もあって長くは続かず、江戸後期に入ると城下町に住む小田原屋という商人が梅林焼を興した。 交趾風の三彩釉を用い、意匠に凝った独特の焼物であったが、これも財政事情により中絶した。 その後幕末にも雀ヶ谷焼が興ったが、明治維新とともに中絶した。
 大正8年(1919年)、膳所の人岩崎健三氏が膳所焼の廃窯を惜しみ、友人である日本画家、山元春挙画伯とはかり、別邸の敷地内に登り窯を築いて再興した。 邸内には「東海道名所絵図」にも描かれた名勝「陽炎の池」(かげろうのいけ)があることから、春挙により「陽炎園」と命名された。 岩崎氏はその生涯をかけて膳所焼の復興に尽力した。

 膳所焼美術館は昭和62年(1987年)、岩崎家が所有してきた江戸時代以来の古膳所焼及び滋賀県の古陶磁、茶道具類を一般に公開することを目的として設立された。 現在は常設の古膳所焼のほか、年に2回茶道具の企画展示を行っている、敷地内には庭園と茶室があり、入館者にはお抹茶の接待がある外、隣接する窯元にて現在の膳所焼の販売も行っている。

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所:大津市中庄1-22-28
時:10:00~16:00
休:月曜日・火曜日(祝日は除く)、年末年始(12/28~1/7)
¥:大人600円、高校生以下500円
TEL:077-523-1118  FAX:077-523-1118
P:3台
交:京阪電鉄石坂線「瓦ヶ浜駅」下車すぐ/名神高速大津I.Cより10分、浜大津より7分
大津市中庄1-22-28
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