北野恒富の「願いの糸」 公益財団法人木下美術館

北野恒富の「願いの糸」 公益財団法人木下美術館

 木下美術館は、湖国出身の実業家・木下彌三郎(やさぶろう)によって創立されました。
彌三郎は能登川に生まれ、大阪へ出てさまざまな事業を行った後、観光業に進出し、ホテル紅葉・紅葉パラダイスなどの事業を発展させました。美術にも造詣が深く、長年収集した美術品を多くの方々に鑑賞していただくため、1977年に県内で初めての私立美術館として大津市茶が崎の琵琶湖湖畔に美術館を創立しました。
 2008年に現在の大津市比叡平に移転し、京都画壇を軸とした近代日本画を主に所蔵しています。竹内栖鳳(せいほう)、堂本印象、橋本関雪、浅井忠(ちゅう)、伊藤小坡(しょうは)、梶原緋佐子、横山大観、岡田三郎助など人気の高い画家の作品が中心です。
 また所蔵品の中には、考古学資料として京都市東山区・法住寺殿跡(ほうじゅうじどのあと)より出土した鎧(よろい)、鍬形(くわがた)、轡(くつわ)といった平安時代末期の武具などがあり、国の重要文化財に指定されています。
美術館では年に6回、所蔵コレクションのテーマ展を開催し、「美術品との敷居を低くすること」をコンセプトに、作品と観覧者の間にガラスなどの遮蔽(しゃへい)物を設けない展示を行っています。
さて、現在開催している「四季の彩り」展(2024年5月16日~6月24日)の展示作品の中から、北野恒富(きたのつねとみ)の「願いの糸」をご紹介したいと思います。
北野恒富(1880~1947)は明治から昭和にかけて大阪で活躍した画家で、本作品は、1914年に制作されました。
 1880年に金沢市で生まれ、地元で日本画を学んでいましたが、17歳で大阪に出ました。22歳の時に新聞小説などの挿絵を描きはじめ、浪速情緒あふれる美人画を描きました。文展の入選をきっかけとし、明治後半には日本画家としての地位を確立しました。

 本作品は、現在の七夕のもととなっている「乞巧奠(きっこうでん)」の様子を描いたものです。日本では宮中の儀式として奈良時代に始まり、後に民間でも行われるようになりました。盥(たらい)に張った水に梶の葉を浮かべて星を映し、針や五色の糸などの供え物をして星に願い事をしたそうです。「乞巧奠」の「乞巧」には技が巧みになるように祈るという意味があります。また、織女の伝説にあやかり恋愛成就を願う意味も込められています。
頭上の右上には赤と白の糸が掛かり、淡いピンク色の着物に、髪には櫛(くし)や簪(かんざし)を刺しています。深紅の鹿(か)の子(こ)の絞りの髪飾りがひときわ目を引きます。
 印象深いのは、少し憂いを含んだ真剣な表情で、一心に赤い糸を針に通そうとしている若い娘の姿です。真剣なまなざしに恋の成就を願う思いが伝わってきます。
大阪の女性を描き続けた恒富。多くの人々を魅了した、その上品でモダンさを感じる人物表現、美しさと情緒あふれる作品をじっくりとご覧ください。

公益財団法人木下美術館 学芸員 品川リナ

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