「アケボノゾウ化石多賀標本」多賀町立博物館
多賀町立博物館は、1993年3月に多賀町内でアケボノゾウの全身骨格化石が発見されたことを契機として1999年3月に開館しました。常設展示室では各地の化石、多賀町内の生き物、化石、岩石および文化財などを展示し、多賀の自然や人の歴史を紹介しています。ホールでは産出した骨から歩く姿を復元した全身骨格「アケボノゾウ化石多賀標本」を展示、発掘現場の産状をジオラマで見ることもできます。今回は、多賀町立博物館の主役であるアケボノゾウ化石について紹介します。
アケボノゾウはステゴドン科ステゴドン属の絶滅したゾウ類で、現在生きているゾウとは異なるグループに分類されています。ゾウの分類では臼歯の形や模様が重要で、ステゴドンという呼び方は屋根のような歯を持つゾウという意味を持ちます。
ステゴドンゾウの仲間はアジアの各地域で繁栄していました。アケボノゾウの祖先は大陸と陸続きだった約530万年前に日本列島にやってきたと考えられています。琵琶湖の周辺で見つかっている最も古いステゴドンゾウ化石は、三重県伊賀上野で発見された約350万年前のミエゾウです。アケボノゾウはそれより新しい約250万年から100万年前にかけて生息していた日本固有のゾウで、滋賀県下では日野町佐久良川や大津市千野で化石が見つかっています。両者は時代が異なるだけでなく同じステゴドンゾウでありながらアケボノゾウは随分と小型になっています。アケボノゾウは、自然環境に適応して独自の進化を遂げ小型化した日本固有種なのです。
多賀町のアケボノゾウ化石はびわ湖東部中核工業団地の造成にともなう工事現場の約180万年前の地層(古琵琶湖層群)から発見されました。第一発見者は粘土の中から出てきた黒い塊を「根っこや石ではなく化石かもしれない!」と直観した工事現場の方で、大発見の殊勲者です。さらに、現場の方から連絡を受けた地元の化石研究者が同じ場所からゾウの牙を発見しました。工事を中断しておこなった本格発掘には、大勢の地学関係者が全国から集まりました。当初は本当に骨が埋まっているか半信半疑でしたが、続々と腕や足の骨が顔を出しはじめ、骨を掘り当てた発掘隊員の歓声で現場は沸き返りました。
国内で発見されたゾウ化石の中では群を抜いて多い185点の骨が産出しており、部位が特定されている134点は全身の骨の約7割に相当します。特に右前あしの骨は指先までつながった状態で産出し、世界的にも稀な例となっています。この化石を詳しく研究することにより、小型化に関連した運動機能の特性や行動生態などの適応進化に関する、より精度の高い知見が得られることが期待されています。さらに、大陸ではなく日本列島の環境の変化に適応したアケボノゾウの独自の進化の歴史を解明できる可能性があります。このような研究をする上で不可欠な標本としての価値が認められ、国の天然記念物に指定されています。
多賀町立博物館 学芸員 糸本夏実